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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和34年(う)271号 判決

被告人 内藤真作 外二名

主文

原判決を破棄する。

被告人内藤真作を罰金五千円に、被告人宮村泰を懲役四月に、被告人大野欣一を罰金壱万円に、各処する。

但し、被告人宮村泰に対しこの裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

被告人内藤真作、同大野欣一において、右罰金を完納できないときは金五百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人内藤真作に対し公職選挙法第二百五十二条第一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用せず、被告人大野欣一に対し同条項所定の選挙権及び被選挙権を有しない期間を弐年に短縮する。

原審における訴訟費用中証人元藤幸吉、同渡辺金松に各支給した分は被告人内藤真作、同宮村泰の、証人島田高志、同永原広司、同小林義秋、同新井米三郎、同水島欽次郎、同大沢秀作、中塩吉之助に各支給した分は被告人宮村泰、同大野欣一の各負担とする。

被告人内藤真作が昭和三十三年五月一日午前八時頃肩書居宅において、被告人宮村泰に対し選挙運動の報酬として金壱万円を供与し、法定期間前の選挙運動をなした点(原判示第一(一))につき、被告人内藤真作は無罪。被告人宮村泰が同日同所において、被告人内藤真作から右同趣旨で金壱万円の供与を受けた点(原判示第一(二))につき、被告人宮村泰は無罪。

理由

原判決の判文に徴すれば、原判決は、一、被告人内藤真作の検察官に対する昭和三十三年七月十九日付(二回)、同月二十三日付各供述調書の記載、一、被告人宮村泰の検察官に対する同年六月九日付(記録第四百八十六丁以下)供述調書の記載、を綜合して、

第一(一)被告人内藤真作は前記内藤隆に当選を得しめる目的を以て、立候補届出前であるにも拘らず、昭和三十三年五月一日午前八時頃自己の肩書居宅に於て被告人宮村泰に対し、右内藤隆のため投票取りまとめを含む選挙運動を依頼し、その報酬として現金壱万円を供与し、一面法定期間前の選挙運動を為し、

(二)被告人宮村泰は前記の日時、前記の場所において、被告人内藤真作より、叙上の趣旨で供与されるものであることの情を知りながら、現金壱万円の供与を受け

たものであるとの事実を認定し、被告人内藤真作の右第一(一)の所為中金員供与の点につき公職選挙法第二百二十一条第一項第一号罰金等臨時措置法第二条を、法定期間前選挙運動の点につき公職選挙法第百二十九条第二百三十九条第一号罰金等臨時措置法第二条を、被告人宮村泰の右第一(二)の所為につき公職選挙法第二百二十一条第一項第四号罰金等臨時措置法第二条を、各適用処断していることが認められる。所論の要旨は、「被告人内藤真作から被告人宮村泰に対し渡された本件金壱万円は、出納責任者島田信一の支出承認書に基いて適法に支出された労務賃の前渡金であつて、投票取りまとめを含む選挙運動の報酬ではない。」旨主張する。よつて原審認定の事実につき検討するところ、前記原判決挙示の証拠を綜合するに、原判示の日時及び場所において、被告人内藤真作と被告人宮村泰との間に金壱万円の授受があつた事実を肯認し得るけれども、該金員が内藤隆のために投票取りまとめを含む選挙運動をする報酬として授受されたものであることを認め難い。かえつて、被告人内藤真作の司法警察員(二通)並びに検察官(三通)に対する各供述調書、被告人宮村泰の司法警察員(昭和三十三年六月一日付)並びに検察官(同月九日付記録第四百八十六丁以下)に対する各供述調書、原審公判調書中被告人内藤真作(第一、七回)、同宮村泰(第五、七回)、証人島田信一(第五回)、同笹井一雄(第六回)の各供述記載、当審における被告人内藤真作、同宮村泰、証人島田信一、同笹井一雄の各供述、領置にかかる選挙費用支出承認書(弁証第一号)、金壱万円の領収書(弁証第二号)、選挙運動費用収支報告書中証明書(弁証第三号)の各存在を綜合すると、被告人内藤真作は被告人宮村泰に対し、選挙運動期間中の街頭演説用自動車の運転を依頼すると共に、個人演説会場の設営、日程表の作成、応援弁士との交渉送迎、配車その他の雑務等の労務に従事せしめる予定のところ、被告人宮村泰は既に立候補届出の二、三日前から泊り込みで内藤隆選挙事務所開設準備のために働いていたので、小遣銭や身廻り品買入資金を必要とするであろうし、労務賃を前払いすれば一層仕事に身を入れるであろうと考え、選挙運動期間中の労務賃の前渡金として金壱万円を交付し、後日精算することとしたこと、被告人内藤真作は右交付後直ちに出納責任者島田信一をして法定費用の支出手続をとらしめ、島田信一において法定費用の支出として処理し選挙管理委員会に報告していることが認められる。而も前記被告人内藤真作、同宮村泰の捜査官に対する各供述調書、同被告人両名並びに証人島田信一の原審並びに当審公判廷の各供述及び当審証人高杉正男、同中田邦夫、同角田芳高の各供述を綜合すると、被告人宮村泰は現実に、昭和三十三年五月一日から同月二十一日までの選挙運動期間中内藤隆選挙事務所に皆出勤し、昼夜時には選挙事務所に泊り込みで自動車の運転業務、演説会場の設営、応援弁士との連絡等の労務に従事し、通信費修理費等の一部立替支払いをなしたものであることを認め得べく、富山県選挙管理委員会告示第六号(昭和三十三年五月二十二日施行の衆議院議員総選挙に適用の選挙運動従事者及び労務者に対する実費弁償の最高額及び報酬の最高額について)によれば、選挙運動のため使用する労務者一人に対し支給することのできる報酬の額は、基本日額金二百八十円、超過勤務手当一日につき右の額の五割であることが明らかであるから、前記被告人宮村泰に対する労務賃の前払は、虚偽又は不当に高額とは認められず、労務賃として相当であると言い得る。もつとも記録によれば本件金壱万円の支出は、現実には内藤隆の立候補届出前に被告人内藤真作の所持金から立替えられ、その届出後に出納責任者島田信一により支出承認書が作成され法定費用から支払われていること、右金壱万円の精算手続が所定期間内になされていないこと、出納責任者の選挙管理委員会に対する報告書の記載内容に多少正確を欠く点のあることを認め得べくも、そのことは別に公職選挙法第百八十七条(出納責任者の支出権限)、第百八十九条(選挙運動に関する収入及び支出の報告書の提出)、第百九十四条(選挙運動に関する支出金額の制限)等の規定違反の責任を問われることあるも、これによつて本件支出が法定費用ではなく選挙運動の報酬であるとする理由にならず、被告人宮村泰は後記認定のごとく(原判示第二、第三)、内藤隆のために選挙運動をしている事実はあるけれども、その報酬として授受されたと認め得る証拠もない。結局原判決は本件金壱万円の授受につき、それが法定の労務賃として授受されたものであるのに、投票取りまとめ等の選挙運動の報酬として供与し、一面法定期間前の運動をなし、同趣旨のもとに供与を受けたものと認定したもので、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。論旨は理由があり、原判決中被告人内藤真作、同宮村泰に関する部分はこの点において破棄を免れない。

原判示第二(一)(二)の事実に関する事実誤認の控訴趣意について。

しかしながら原判決挙示の第二事実に関する証拠を綜合すると、原判示第二(一)(二)の各事実即ち、被告人内藤真作、同宮村泰は共謀のうえ、衆議院議員候補者内藤隆に当選を得しめる目的で、昭和三十三年五月六日頃富山市木町三十八番地の四若鶴ビル内において、右候補者のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動の報酬として、被告人宮村泰の手より選挙人渡辺金松に対しプロ野球前売入場券二枚を、同元藤幸吉に対し同入場券五枚を各供与したものであることを肯認するに足る。所論は、「右入場券は、被告人内藤真作が被告人宮村泰に売却し、被告人宮村泰はこれを更に渡辺金松に対し友人のよしみにより贈与し、更に元藤幸吉に対し売却したものであつて、選挙運動の報酬として供与したものではない。」旨主張する。しかし被告人内藤真作の検察官に対する昭和三十三年七月十九日付供述調書二通によれば、同被告人は、被告人宮村からプロ野球前売入場券の入手方を依頼され、票を集めるのに使うものであることを知つて三十枚入手して渡した旨供述し、又被告人宮村泰の検察官に対する昭和三十三年五月二十八日付、同年六月六日付、同月九日付(記録第四百九十四丁以下)各供述調書によれば、同被告人は、プロ野球前売入場券を使用すれば票まとめに効果的であると考えたので、被告人内藤真作にその入手方を依頼し、渡辺金松、元藤幸吉に対して票を集めるため渡した旨供述し、その他前記証拠により認め得る被告人等が入手した入場券の枚数、渡した時期、場所、枚数、被告人等と渡辺金松、元藤幸吉との交際関係等に徴すると、右被告人両名が共謀のうえ、選挙運動の報酬として本件入場券を各供与したものであることを認定し得べく、右主張は採用し難い。論旨は理由がない。

原判示第三の事実に関する事実誤認、又は法令適用の誤りがあるとの控訴趣意について。

しかしながら原判決挙示の第三事実に関する証拠を綜合すると、原判示第三の事実即ち、被告人宮村泰、同大野欣一は共謀のうえ、選挙運動の期間中である昭和三十三年五月十日頃から同月十三日頃までの間、公職選挙法第百四十三条の禁止を免れる行為として、公職の候補者内藤隆を支持する益谷秀次の名を表示するポスター約三千枚を、富山市内及び富山県中新川郡水橋町内の電柱板塀等に貼付掲示したものであることを肯認するに足る。所論は先ず、「被告人大野欣一は、本件ポスターの貼付掲示に関与しないから無罪である。」旨主張する。しかし、永原広司、小林義秋の検察官に対する供述調書各二通、原審第二回公判調書中証人永原広司同覚井一郎、同島田高志の各供述記載、被告人宮村泰の司法警察員に対する昭和三十三年五月二十六日付、同月二十七日付、同年六月二日付、検察官に対する同年六月九日付(記録第四百七十四丁以下)、同年十月二日付各供述調書、原審第五回公判調書中被告人宮村泰の供述記載を綜合すると、ポスター係である被告人大野欣一は、昭和三十三年五月三、四日頃内藤隆選挙事務所において、被告人宮村泰から本件ポスター一万枚を受取り、労務者を使用して富山市内に五千枚、魚津市、水橋町滑川市内に五千枚掲示することの依頼を受けたので、永原広司、覚井一郎、島田高志等に命じて富山市内の電柱、板塀等に貼付掲示せしめたこと、その際同人等から本件ポスターに検印がなく責任者名の記載のないことを指摘されるや、被告人大野欣一はその責任を負うから構わず貼付するよう申し向けていること、及び水橋町内に貼付の分も被告人大野欣一から中塩吉之助に運搬を命じていることが認められる。被告人大野欣一は、捜査官の面前並びに原審当審の各公判廷において、本件ポスターの貼付掲示に関与せざる旨供述しているが、右認定に照し措信できず、弁護人の主張は採用し難い。

所論は次に、「被告人両名が水橋町内に本件ポスターを貼付掲示した点について証拠不十分である。」旨主張する。しかし前段認定のとおり、被告人宮村泰は被告人大野欣一に対し、富山市内に掲示する分の外に水橋町内に掲示する分として本件ポスターを交付しており、小林義秋の検察官に対する供述調書二通、高橋義常の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、高橋育造、岡本和雄の司法警察員に対する各供述調書、司法警察員作成の捜査状況報告書(記録第二百十四丁以下)を綜合すると、被告人宮村泰から依頼を受けた被告人大野欣一は、水橋町内に掲示する分のポスターを中塩吉之助に運搬を依頼し、同人は更に小林義秋に依頼し、小林義秋はこれを水橋町高橋義常方に届け、高林義常は同町内の高橋育造、岡本和雄に頼んで同町内の電柱等に貼付させたことが認められ、右認定に反する。原審第三回公判調書中証人小林義秋の供述記載、同第四回公判調書中証人中塩吉之助の供述記載、同第五回公判調書中被告人宮村泰の供述記載、被告人大野欣一の捜査官の面前並びに公判廷の各供述は措信し難く、弁護人の右主張も採用するに由ない。所論は更に、「本件ポスターは単に“五月十四日十五日前衆議院議長益谷秀次先生来富”と記載し、益谷秀次なる人物の来富の事実を予告したものに過ぎない。この種のポスターは“岸首相来る”なるポスターと同様に当時全国至る所に貼付されており、それ自体違反文書でないのみならず、被告人宮村泰、同大野欣一には違反の認識がなかつた。」旨主張する。記録並びに当審における証拠調の結果に徴すれば、昭和三十三年五月二十二日施行の衆議院議員選挙に際し、富山県第一区から自由民主党公認として内藤隆、鍛治良作、佐伯宗義、非公認で松岡松平社会党公認として三鍋義三がそれぞれ立候補したこと、自由民主党公認候補三名のいわゆる主たる地盤は、富山市内藤隆、滑川市佐伯宗義、魚津市鍛治良作なることを認め得べく、斯る事実は富山県第一区に選挙権を有する人々の間においては公知の事実である。又益谷秀次が前衆議院議長であつて、自由民主党のの最高幹部の一員であることは周知の事実であり、本件ポスターに来富なる記載は、該ポスターが富山県又は、富山市内に掲示される限りでは富山県又は富山市へ来ることを意味することも経験上明らかである。してみると益谷秀次が選挙運動の期間中に富山県又は富山市へ来るという表示は、特段の事情のない限り、同県内において立候補した自由民主党公認候補又は富山市に地盤を有する自由民主党公認候補の支持応援のために来ることを表示するものということができる。即ち本件ポスターに「五月十四日十五日前衆議院議長益谷秀次先生来富」なる表示をなし、これを選挙運動の期間中富山県第一区又は富山市内において掲示することは、内藤隆を含む自由民主党公認候補を支持する益谷秀次の名を表示する文書を掲示したものと解すべきである」。なお被告人宮村泰の検察官に対する昭和三十三年五月二十八日付、同年六月九日付(記録第四百七十四丁以下)、同年十月二日付、司法警察員に対する同年五月二十七日付(記録第三百五十九丁以下)、同年六月二日付各供述調書によれば、同被告人は本件ポスターを、内藤隆の当選を得しめる目的を以て、制限規定を免れる行為として掲示せしめたことを自認しており、その他記録により認め得る、被告人大野欣一は労務者を使用して本件ポスターを掲示せしめた際、労務者等に対し検印がなく責任者名の記載のないことについては自ら責任を負う旨申し向けていること、被告人宮村泰は本件ポスター一万枚を印刷して被告人大野欣一に渡し、被告人大野欣一は労務者を使用して内藤隆のいわゆる地盤である富山市内及び隣接の水橋町内にある電柱、板塀等公衆の目につき易い場所に多数貼付掲示せしめたこと、その他諸般の事情を綜合すると、被告人宮村泰、同大野欣一は、禁止を免れる行為として本件ポスターを掲示したものなること、即ち違反文書たるの認識があつたことを認め得る。所論は本件ポスターが単に「岸首相来る」と表示したポスターと同種に属するものであるから犯罪を構成しない旨主張する。併し乍らポスター掲示の時期、場所、枚数、内容及び掲示の目的趣旨等諸般の事情を綜合して犯罪の成否を論すべきものであつて、純粋なる政治的活動たる掲示と脱法目的の法定外文書掲示とを同一に論すべきものではない。弁護人の主張は採用し難く、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 山田義盛 辻三雄 干場義秋)

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